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(50)サイテー男と思われたん、ほーんまに心残りでね


  大臣(おとど)聞きたまひて、院より御気色(けしき)あらむを、ひき違(たが)へ横取りたまはむをかたじけなきことと思すに、人の御ありさまのいとらうたげに、見放たむはまた口惜(くちを)しうて、入道の宮にぞ聞こえたまひける。

古典セレクション「源氏物語」(小学館、校注・訳 阿部秋生、秋山虔、今井源衛、鈴木日出男)から一部転載。

 

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

 冷泉帝(れいぜいてい)の表向きのお兄はん、朱雀院(すざくいん)が、亡くならはったばかりの六条御息所(みやすどころ)のご息女、前斎宮(さきのさいぐう)にえっらいご執心、て噂(うわさ)できいた光君、院のお気持ちわかってて横取りするのんて、さすがにヤバいかもなあ、て。

 けど! けどやで、その前斎宮のかいらしさって、マジありえへんくらいで、いまの流れでみすみす逃がしてまうのんも、やっぱ悔しいてたまらへん。で、出家した藤壺、入道の宮に、こないに話もちかけはるん。

 「かくかくしかじか…で、僕、めっちゃ悩んでますねん。前斎宮のおかあはんの御息所て、ほんまにしっかりした、思慮深いひとやってんけど、僕がチャラチャラしすぎとったせいで、ありえへんゴシップ種にされてもうて、で、僕のこと、サイテー男やて思わはったまんま、ここまでずーっときてもうたんが、僕、ほーんまに心残りでね。

 元気な間は、その恨みて、ぜーんぜん消えへんかったん。でも、最期の最期んなって、この前斎宮を、これからどないすんのがいちばんか、この僕に、言い残さはったんです。僕のこと、そんな風に思たはったんや、こころの底を打ち明けられる相手、て見ててくれはったんや、て、そない考えたら、僕もう、マジで切なすぎてね。

 世間の面倒ごとでも、ほら、しんどがったはるひとがいてたら、シカトして通りすぎたり、できひんひとやんか、僕て。そやし、無念のまま亡くなってもうた御息所に、どないかして恨みを忘れてもらえへんかて、そればっかり考えてました…冷泉帝、ね、ずいぶん大きいならはりましたけど、まだ十一、そばに、物をようわかったはるひとがいたはったほうが…ね、どない思わはります?」

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語
撮影・吉田清貴

 ほんなら藤壺「ようそこまで、思いつかはって。朱雀院さまのお気持ち考えたら、それはそれで畏(おそ)れ多いことやけど、お母はんのご遺言、まず優先で、院さまのことは知らんぷりして、冷泉帝と前斎宮、くっつけたげたったらよろしいんちゃうかしら。院さまも最近は、色恋沙汰よりお経詠まはんのに熱心やしね、入内(じゅだい)、てなったとしたかて、そんなしつこうには怒らはらへんと思うよ」

 「OK。そんな風に、前向きに応援してくれはるんやったら、僕、裏方に徹して、前斎宮にこそっと話すくらいにしときます。あれこれ考えは尽くしたし、こころの内も、そっくりそのままお話しできてほっとしたけど、世間がなにいうやら、やっぱ心配で」

 とかいいながら、後々には、藤壺がいわはったとおり「知らんぷりして」、二条院の自分ちへ連れてきたろ、とか思たはんねん。

 光君、紫ちゃんにもしれっと報告。「こういうことやから。年も同じくらいやし、お互い、ええ話し相手になるんちゃうかな」。紫ちゃん、なんの疑いもなしに嬉(うれ)しがって、お迎えの準備におおわらわや。

 入道の宮のお兄はんの、兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)。自分の娘をいつか入内させるつもりで、チョー教育熱心なんやけど、光君とあんまし仲良うないのん。そやし、入道の宮、光君の出方に、ちょっとハラハラしたはって。

 権中納言んとこの娘ぉは、弘徽殿女御(こきでんのにょうご)、いわはって、いかにもセレブのお嬢ちゃん。しずしずとかしづいたはってね。冷泉帝も、ええ遊び相手と思たはるみたいで。

 藤壺「兵部卿宮のお嬢さんも、ほぼ同い年くらいやし、まるきり人形遊びみたいな感じになってまうけど、年上のお世話役が入らはんのんは、ほんまちょうどよろしわ」とか、帝(みかど)に吹き込まはんの。光君のほうも、政務のサポートは当然完璧やし、明け暮れのこころづかいもほんまおやさしいねん。

 入道の宮から見ても、頼もしいねんな。自分が病気がちやし、帝に会いにいかはったときも、なかなかゆっくりできひんこと考えると、ちょい年上で、いつもそばにいたはる後見役て、ぜったいのぜったい、必要なん。
 =おわり

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

いしい・しんじ

いしいしんじさん
 1966年大阪市生まれ。京都大卒。主な作品に「麦ふみクーツェ」(第18回坪田譲治文学賞)、「ある一日」(第29回織田作之助賞)など。2009年から京都市在住。

【2018年03月26日付京都新聞朝刊掲載】