京都新聞:紙面特集

第5回 続「京都 日本画新展」
美術館「えき」KYOTO(特集)

大賞 山内登喜雄「さぐりの樹」
伝統と革新に兆す

 京に兆す有望な日本画家を奨励する第5回続(しょく)「京都 日本画新展」が26日、京都市下京区の美術館「えき」KYOTOで始まる。

 伝統と革新の波に磨かれた京都の日本画壇。現代を創造する若手育成のため、2008年に創設された「京都 日本画新展」を14年にリニューアル。流れを継いだ今展は、5回目の節目を迎える。

 推薦委員の有力画家4人が、京滋の39作家に作品を委嘱。美術評論家や美術館学芸員ら審査委員5人が、大賞1点と優秀賞2点を選んだ。展覧会では39人と、一昨年死去した小嶋悠司氏を含む5人の推薦委員の作品が会場を飾る。

ネット時代の至芸としての「京都の日本画」

審査委員 野地耕一郎
優秀賞 北島文人「思い出」

 フェイスブックやインスタグラムによる情報通信が日常化している現在、SNSを利用することによって誰もが文章や画像をアップできる。プロとアマチュアとの境界線が実に不明確な時代である。こうした状況は、プロ作家にとっては脅威となってはいないだろうか。お金を出してわざわざプロの表現を購わなくても、巷(ちまた)にそれを満たしてくれるものはいくらでもころがっているのだ。

 いまの美術(絵画)シーンは、こうした社会状況をそのまま反映しているように思う。ネットを開けば、過去の大家巨匠たちの名作から美大生や児童に至るまで、区別なく横並びに作品画像がつらなり出てくる。それらの作品に対する批評やコメントもネット上にあふれている。美術界においても、これは見過ごすことのできない状況だろう。手当たり次第にのぞき見られる状況の中で、お金を出してまで見られ購入してもらうには特別なものを提供しなければならないのだ。

 そのために、強烈で個性的な表現を捻出しなければならないとしたら、ことはそう簡単にはおさまらないだろう。グローバル化にともなって、国や地域が培ってきた文化の独自性までも等距離化した現在、そこに埋もれないためにはさらに独創の炎を燃やさねばならないからだ。

 「京都 日本画新展」と銘打ったこのコンクールに意味があるとすれば、まさにこの点であろう。出品者はもちろん、主催者も鑑賞者も、「京都」という場が生み出しうる「日本画」とは何かを真剣に考えるべきだ。「京都らしい」とか「京都風」であるとかではない。それらは「京都」そのものではないからだ。芸術は徹頭徹尾、個人が生み出すものには違いないのだが、京都という風土が育んだ「普遍的な個性」というものがあるはずだ。グローカルなものこそ、広い共感を持ちうる可能性がある。京都というその普遍的な個性を根源にして、作家たちがどれだけ独創の炎を燃やし続けているかに京都日本画の「新しさ」はかかっている。

優秀賞 福田季生「花薫る」

 だが、この「新しさ」というのも、言うは易いがその基準や内容についての判断は、結局は感覚的なところにゆだねられてしまう。そもそも魚介や野菜ではあるまいし、芸術作品に古いとか新しいとか言ってみたところで、意味はないのではないか。古くても良いものは良いし、新しいものもいずれ時間の流れに淘汰(とうた)される運命にある。要は、流動的な新しさなど吹き飛ばしてしまうほどの美質を作品が備えているか、そして、その美質をいかに掘り下げ、独自の至芸としての絵画作品に練り上げられているかどうか、ということだ。そんなことを念頭に置きながら、私は審査にあたった。

 大賞を射とめた山内登喜雄さんの「さぐりの樹」は、近世の狩野山雪や近代の吉岡堅二のような抽象性を含んだ絵画を思わせる古典的骨格と華麗な色感に加えて重厚な質感を備えた絵肌が際立っていた。時の流れの中に浮き沈みする生命のはかなさや気高さを思わせる白孔雀(くじゃく)の姿に、ざわめくような情動がいつまでも消えることは無かった。見ていて夢幻の世界に誘われたことを告白しておこう。そして、夢幻だけではない冥界のような手触りさえ感じさせるところに作画の恐ろしい背景があるとしたら、京都という精神風土の根深い断面を垣間見た気がしたのである。

 優秀賞となった北島文人さんの「思い出」もまた、選考を重ねる度にひそやかな画面のたたずまいがじりじりと印象を深めていった作品だ。索漠とした寂しさが水のように沁(し)み込んでくるイメージを持つ具象画だが、自然の柔軟で深遠なふところを感じさせる。一瞬の永遠ともいえる光景を絵にする機微は、おそらくただごとではない。微かな光のイメージの奥に、どこか懐かしい情感をたたえたこの絵は、見る者との生き生きとした関係を結ぶ喚起力に満ちている。光は常に影を伴い、その影のかなたにはとりどりの記憶の断片が散らばっている。見る者を自然の真実にもう一度向かわせる力を、この絵は持っていると思う。

 もう一つの優秀賞となった福田季生さんの「花薫る」は、親密な空気をまとっていながら、洗練された線と色彩によるグラフィカルな構成から、どこか無機質で冷静なポップな味わいも一方で有している。従来なら美人画の領域に落とし込んでしまう作品なのだが、それがために人物画であり花鳥画であり風景画のようにも見える可変的要素を併せ持つ。モチーフが、作者にとってかけがえのないものであり、自己の内面を照らしてくれるような存在ならば、まぎれもなくリアルなローカルの中で息づいているはずだが、視点の移行を促す様々な造形要因が型をこえる様相を漂わせてしまっているのだ。その意味でグローカルさを宿した重層的な作品であり、同時に「アート」という世界的領域にも対応している作品だと思う。

 また、惜しくも賞からもれた作品の中にも、忘れがたい作品があった。幸山ひかりさんの「私とタネと花と土」や小林紗世子さんの「オルト」など、輪廻(りんね)し移ろう事象へのまばゆい視覚が色感の良さとあいまって絵画空間の奥に見る者の視線を吸引する力を持っていた。逆に、尾花和子さんの「行方」のように、消え入りそうに見えてそれでもなお消えうせない花こそ「まことの花」であると言いたげな風情が、いわば弱さに向かう美学のようなものを感じさせて世阿弥のいう「花」を連想した。これらもまた、京都という自然風土に根を持つ作品ならではの美質を備えていた。(泉屋博古館分館長)


林潤一「初夏」
竹内浩一「遊化」
村田茂樹「沖縄より辺野古の青い空」
小嶋悠司「黙…凝視」 2010年制作
大野俊明「秋渓」
小林紗世子「オルト」
幸山ひかり「私とタネと花と土」
石田翔太「一枚の布」
高田凱月「黙連」
早田栄美「Caries」
後藤吉晃「野辺」
沖谷晃司「夏の日」
諏訪智美「心の淵」
髙谷英美子「壁の中のアジト」
尾花和子「行方」
ベリーマキコ「希望」
森桃子「草漕ぎ」
前田恭子「春を告ぐ」
■出品作家■
 石田翔太
 猪股美春
 沖谷晃司
 尾花和子
 梶浦隼矢
 河野雄大
 岸田尚子
 北島文人
 久保璃空
 監物紗羅
 幸山ひかり
 小杉侑未
 後藤吉晃
 小林紗世子
 権美愛
 清水葉月
 霜下樹
 諏訪智美
 高田凱月
 髙谷英美子
 高野純子
 釣谷梓
 寺脇扶美
 戸田香織
 中尾博恵
 中村貴弥
 西川礼華
 橋爪ちなつ
 濱谷綾菜
 早田栄美
 福田季生
 ベリーマキコ
 前田和子
 前田恭子
 森桃子
 山内登喜雄
 山田衣織
 吉原拓弥
 若林静香
■推薦委員■
 大野俊明
 竹内浩一
 林潤一
 村田茂樹
       (いずれも日本画家)

■審査委員■
 尾﨑正明(茨城県近代美術館長)
 菊屋吉生(山口大教授)
 島田康寬(美術評論家)
 野地耕一郎(泉屋博古館分館長)
 吉中充代(京都市美術館学芸課長補佐)
案内
【会  期】1月26日(金)~2月5日(月) 会期中無休
【開館時間】午前10時~午後8時(最終日は午後5時まで)入館は閉館30分前まで 入場無料
【会  場】美術館「えき」KYOTO(京都市下京区、ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)
【主  催】JR西日本 京都新聞
【ギャラリートーク】1月26日=大野俊明▽29日=竹内浩一▽30日=林潤一▽31日=村田茂樹 いずれも午後2時から
【続「京都 日本画新展」×ギャラリーカフェ京都茶寮】第1~4回の同展出品作家による作品の展示販売=2月15日まで 午前10時~午後7時 会場は同カフェ(京都駅ビル2階) 入場無料
【問い合わせ】京都新聞COM事業局事業部075(255)9758

【2018年1月24日付京都新聞朝刊掲載】