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下村脩さん逝く

 のちにノーベル化学賞を受賞する下村脩さんは米国で研究していた40代のころ、夏になると海岸に出掛けてクラゲの採集に明け暮れた。「どんな風に調理するの?」と聞かれたこともあった▼受賞につながったクラゲの発光タンパク質を抽出するためだが、研究にはまとまった量が必要だ。特製の網を手に早朝から夜遅くまで採集、抽出にいそしんだ。19年間で85万匹、その半分以上は家族4人の手によるものだと自伝に記している▼下村さんの探究心を妻や子どもたちが支える-。ほほえましい光景が目に浮かぶ。だが、生物発光の研究はあまり開拓されておらず、研究方法から作り上げなければならなかった▼孤独な研究を強いられたのはやむを得なかったのだろう。他人と議論する機会も少なく、英語も日本語も話し方が下手になったというが「目的を達成するための一つの犠牲」と割り切っていた▼ノーベル賞受賞後の講演で「あきらめてはいけない」と若者たちに繰り返したのも、自身の経験から得た信念だったに違いない。5歳まで暮らした福知山市では「なせばなる」との言葉を披露した▼根気強く、黙々と探求を続けた姿勢は、病気が起こるメカニズム解明など幅広い分野を支える研究成果に結実した。学者の理想の姿を背中で示した生涯だった。

[京都新聞 2018年10月23日掲載]

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